裕史が先方に「自分のことをよろしくお願いします」と伝えた、それは自分が海外に行くことを裕史が勝手に承諾したという意味でもあり、なぜ自分には何も言わないのか晶は裕史の気持ちが理解できず、裕史に会いにいったが、現れたのは田所だった。
「すみません。今は仕事が立てこんでいるので会えないから伝えてきてほしいと言われました」
「そっか」
晶は微笑んだ。
「晶さん、少しいいですか?」
「うん」
ふたりは会社のビルから離れた場所にある店で話をすることにした。
「裕史さんから聞きました。コンテストの主催者側である店のオーナーから晶さんを本店がある海外の店にパティシエとして雇いたいこと」
「そう」
「晶さん、少しは裕史さんの気持ちを考えてあげたらどうですか?」
「…え?」
田所が少し怒り口調でそう言ったため晶は少し驚いていた。
「これまで裕史さんがどれだけ晶さんのことを思って必死でがんばってきたか」
「わかってる。わかってるからどうして彼が私に何も言わなかったのか…」
「言わなかったのは…本当に心から晶さんのことを愛してるからですよ」
「え?」
「本当は裕史さんだって行かせたくないはずです。そばにいてほしいって思ってるはずです。でも晶さんが何よりもチョコレートが好きだってことをあの人は知ってる。晶さんの夢が叶おうとしてる、それを自分が引き止めてしまったら、絶対後悔する、それに晶さんが作るチョコレートのファンでもあり、裕史さんと同じように晶さんの新作を待ってるファンの人たちがたくさんいることも知ってますからね。深沢裕史はそういう男ですよ」
その田所の言葉に晶の目にうっすら涙がたまっていった。
「私よりもよくわかるのね、彼のことが」
「最初はイヤな男でしたけどね。でも今では俺にとって大切な人であり目標です」
「そっか。…田所」
「はい」
「彼に伝えてくれる?」
真剣な表情でそう言った晶の答えを田所は読み取っていた。
「わかりました」
会社に戻ってきた田所は裕史と話をしていた。
「晶さん、今回の件、引き受ける決心したみたいです」
「そっか。悪かったな、おまえに任せて」
「いいえ。少しでもふたりのお役に立てて幸せです」
「田所」
「はい」
「おまえと一緒に仕事ができて本当に嬉しいよ」
「社長」
「これからもよろしくな」
「はい」
ふたりが幸せそうに微笑みあう姿をドア越しに見ていた広太も幸せそうに微笑むのだった。
そして晶は玲子にも話をしていた。
「え!? か、海外!?」
「うん」
「そ、そっか」
あまりにも急な話であるため玲子は言葉が出てこなかった。
「ゴメン」
「もう…どうして晶が謝るのよ」
そう言いながら玲子の目にうっすら涙がたまりはじめたことに気づいた晶は玲子をそっと抱き寄せるのだった。
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