「新堂さんはそれでいいんですか?」
「はい。私は彼女が幸せであればそれでいいと思っています。たとえ相手が自分じゃなくても。それに私には彼女を幸せにすることはできない」
「どうしてですか?」
「彼女が…晶があなたを本気で心から思っているからです」
その言葉をハッキリと裕史に伝えることができた英介は、これで本当に晶に対する思いを心の中だけに閉じ込めておくことができるそう思うのだった。
それから晶はまるで人が変わったのようにデザインに取り組み、裕史も仕事に集中していた。
数週間後、母の遺骨が眠る寺を裕史が訪れると、そこに父がいることに気づき驚いている裕史の元に住職が近づいてきた。
「お父様、毎年必ずこの時期になると訪れてくれているんですよ」
「…え?」
裕史は住職の言葉に驚いていた。
「すみません。お父様から裕史さんには黙っていてほしいと言われていたものですから」
「そうでしたか。でもなぜ父はこの時期になるとここへ?」
「ちょうどお母様と初めてお会いになられたのがこの時期だそうです」
「そうなんですね」
それから裕史はなぜ父と母が結婚しなかったのか住職から初めて聞かされていた。
それは父にはすでに決められた結婚相手がいたからだ。が、父が結婚したことは一度もない。つまりそれは父が生涯独身を貫いて母を愛したという証だったのだ。
「ここに来られるたびに、お父様はずっと涙を浮かべながら、お母様の最期に一緒にたちあえなかったことを謝り続けておられました」
「そんな…」
裕史は初めてそのことを知り、床に崩れ落ちた。
そんな裕史の元へ父が歩いていき、そして自分の肩にそっと手が置かれたことに気づいた裕史が顔を見上げると、そこにある父の表情は今まで見たことがないくらい優しい表情をしていることに気づき、裕史は初めて父の前で涙を見せるのだった。
ふたりは初めてといってもいいくらい父と息子として話をしていた。
「ねー、これからはさ、一緒に来ようよ」
「え?」
「母さんの命日」
「裕史」
その言葉に父の目にうっすら涙がたまり、その涙を見た瞬間、これまでの父の行動をすべて裕史は許すことができるようになったのだ。
「父さんのこと許してくれるのか?」
「あぁ。俺が今生きてられるのはふたりのおかげだし。母さんのこと今も愛してるってこともわかったから」
「何言ってるんだよ」
そう言いながら父が恥ずかしそうに微笑んだ。
「裕史、おまえにも一生かけて守りたい相手がいるんだよな?」
「あぁ」
「だったら、その人のことを幸せにしてあげなさい」
「ありがとう」
裕史ははじめて今隣にいる人が父親でよかったと思うのだった。
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